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民具と地域社会

  1.民具とは :

   民具ということばが渋沢敬三(民俗学者)氏によって使われ始めたのは1930年代前半のこと。それまでは土俗品と呼ばれていたが、氏はこのことばに含まれている「民衆を卑下した感情」をきらい、民具ということばを使うようになったといわれる。(1)
   民具はいわゆる支配階級が民から得た富でもって職人に作らせた美術工芸品のように、美を鑑賞したり畏敬・帰依の念を抱かせて支配の手段に使うものではない。庶民が日常生活で用い、生活上の工夫の積み重ねで改善してきた実用性の高いものである。したがって、民具は、その実用性ゆえに使われなくなれば廃棄され、また新たなものに取って代わられれば忘れ去られる存在でもあった。そのような民具にスポットライトが当てられるようになったのは、主には、歴史の基底をなしているがこれまで歴史の表舞台に登場することの少なかった庶民の生活とその歴史を呼び覚まそうとする試み故である。歴史は個人とその集合である社会によってつくられるが、その大多数をなす庶民の歴史(文書)記録が少ない中、その実物記録としての民具は重要である。そして、そのことは特に地方・地域においてあてはまる。

鋸

   ところで、民具を取り上げるにあたっては、民具を定義づける試みも同時になされた。その1つに「民具とは伝統的な素材であるもの、伝統的な製作方法(手法)によるもの、伝統的な使われかたをするもので、このうちの、いずれかを満足できるものを民具と定義すればよい」(2)といった考え方がある。この概念は広く、「伝統」もまた相対的であることに留意しておく必要がある。
 道具が日常の生産・生活手段であった時代には「民具は人間の手足の延長として存在するものであって動力機械のように、そのもの自体が動いて作業するものは除外すべき」とか「民具は人間の手によって、あるいは道具を用いて作り出したもの…」といった考え方(3)も当てはまるかもしれない。しかし、このような庶民が主に道具を用いて生活していた時代と、電機で動く機械に囲まれて生活している現代とでは日常も「伝統」も大きく異なる。今後は機械が民具の大きな割合をを占めてくることも考えられる。
   しかし現在の私たちはというと、半世紀ほど前に庶民の生活が道具から機械への歴史的転換を経験した時代に生きていて、その過程で使われなくなった用具が主に収集されてきたことを考慮すると、「伝統」の主要な構成要素をなす民具は、今なお「人間の手で動かせる日常用具・道具」といえよう。


  2.民具の取扱い :

   近年にいたり、ようやく行政もまた庶民の生活・文化や歴史の価値に目を向け始めたかにみえる。2004年に文化財保護法に文化的景観を加えたのもその一つと言えなくはない。同法では、「文化的景観」を「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」と定義し、庶民の生活によって歴史的に形成された景観のうち重要なものを保護の対象に加えた。

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   一方、民具はといえば、文化財保護法や博物館法における民俗資料(文化財)のうち、有形民俗資料(文化財)と重なり、国や自治体によって重要有形民俗文化財(保護有形文化財)として選別されながら調査、収集、保管、展示(活用)が行われている。しかし、地方分権や地域づくりといったことばが日常的になった現在においても、自治体レベルではまだ民具の文化財としての位置づけは定まっていないように思われる。そのため自治体によって民具の取扱いには大きな相違が見られる。
   庶民の歴史にとって民具の持つ意味を理解しようとする人びとの視線は、中央の政策を越え、さらにその先のそれぞれの地域に注がれている。収集した民具を保管しているほとんどの自治体で調査、保存、活用の意志が示される中、既存の法律の適用を考慮しつつもそれを包み込んだ自治体独自の取り組みが望まれる。


  3.地域づくりと民具 :

   私たちの年齢層によって捉え方は違うものの、民具は、まずはじめに、何十年ぶりかに自分が学んだ小学校を訪れた時脳裏によみがえるような、自分や友人・家族、地域の生活、また現時点からそれらを客観的に見つめることができる機会を提供する。さらには、民具を通じてその地域に住んできた人・家族、そしてまた人と人の結びつき、文化、技術水準といったものも見えてきて、地域の生活史・文化をより深く理解・共有することができる。

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   地域づくりは過去、現在、未来への流れのなかで、地域におけるそれぞれの生活史・文化の共有を背景に推進される側面がある。たしかに、過去の農村共同体ではそのまとまりも共同も形而上学、上下関係にもとづくものであったことは否定できないが、その共同性の限界を協力して克服しながら新たな協力・共同の生活と文化を創り上げていく、その手がかりを民具は提供してくれる。




(注)
1.宮本常一『民具学の提唱』未来社、1979年、44ページ。
2.田辺悟『民具学の歴史と方法』慶友社、2014年、216ページ。
3.宮本常一、前掲書、75〜76ページ。



(2016年7月29日−Imoto

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